こんにちは sannigo(さんご)です。いつもありがとうございます。
家族というものを深く考えさせられた是枝監督の「万引き家族」、毎度大笑いして見ていたドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の脚本を書いた坂元裕二氏。さらに音楽は世界の坂本龍一。
まあそんなことは抜きにして、とにかく封切り時のテレビCMの「怪物だ〜れ?」が強烈だった映画『怪物』。心からこの映画にどんな狂気じみたヤツが出てくるのか観たい!だった。もしかして、それはいたいけな少年なの?と少し怖くなった。
だけど、映画館まで足を運ぶほどではなかった(笑)。現在アマプラで配信中の無料で観れる映画の中で最も興味のあった『怪物』。やっとあのひどく狂気じみたヤツが見れるのかと思いながら観た。頭の中をフル回転させて観た結果、なんだか頭の中が真っ白になった映画だった。
映画『怪物」
映画.comの評価
☆4つ
解説
大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子供たち。それは、よくある子供同士のケンカに見えた。しかし、彼らの食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていく。そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した―。©2023「怪物」製作委員会
2023年製作/125分/G/日本
配給:東宝、ギャガ
劇場公開日:2023年6月2日
ドラマ・サスペンス
スタッフ
監督 是枝裕和
脚本 坂元裕二
企画 川村元気 山田兼司
音楽 坂本龍一
助監督 森本晶一
キャスト
麦野早織 安藤サクラ
保利道敏 永山瑛太
麦野湊 黒川想矢
星川依里 柊木陽太
鈴村広奈 高畑充希
正田文昭 角田晃広
星川清高 中村獅童
伏見真木子 田中裕子
受賞歴
第47回 日本アカデミー賞(2024年)
受賞 最優秀主演女優賞 安藤サクラ
第76回 カンヌ国際映画祭(2023年)
受賞 コンペティション部門 脚本賞 坂元裕二
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あらすじ
大きな湖のある郊外の町で、息子を愛するシングルマザーはクリーニング店で働き、生徒思いの学校教師は彼女ともうまくいってるみたい。そしてランドセルを背負って学校に通う子どもたちも普通に楽しい日々を送っているようで何より。
ところがある日、学校で男の子同士でのケンカが勃発、生徒思いの先生が駆けつけケンカを止めに入り、「男の子同士仲直りだ」と笑顔で握手させて解決したように見えたのだが・・・。
黒板の前で生徒同士が殴りあうみたいなシーンは、掃除中とかよく見かける普通の子ども同士のケンカのように見えたけど、実は違った。
家庭でも少し様子が変わってしまった片方の少年の母は、水筒に泥がついていたり、靴が片方しかないことに気づき、いじめられたのか?誰に?と愛する息子を問い詰める。少年は「先生が」と答える。
学校へ押しかける母親に教師たちは謝るばかりで事態を軽く見ているように感じる。子どものために必死な母親は校長の判を押したような答えにうんざりし、つい昂ぶってしまい、受け答えの度に校長がチラチラみていたファイルを奪い取り、投げてしまう。
そのファイルが当たって落ちたのは何かのトロフィー。生徒思いのはずだった先生は、態度が明らかに軽薄で謝罪中に飴をなめる始末。
誰もが自分にとって正しいと思うことを正しく行っているはずなのに、それぞれの関係は距離が広がるばかり。そんな時、母親に何かいいたげな少年は走っている車のドアを開け、自ら転げ落ちてしまう。
ここまでくると、週刊誌の記事になったりと周囲の人々も巻き込む大きな事件へと発展していく。そんなこんなの最中に、町で大きな火災が2度も起きている。関係ないと思う先生や恋人。火事を自分ごとのように悩ましく思う少年もいる。
そしてある嵐の朝、2人の男の子が姿を消してしまい、何かに気づいた先生とシングルマザーは一緒に子どもたちを探しまくる。
勝手な感想
TVCMから「怪物だって、この映画、どんな狂気じみたヤツが出てくるんだ?」と感じていたのに、映画館までは足を運ばなかった映画『怪物』。
チャンス到来!と先日実際にアマプラで観てみたら、こんなにも自分は普通で当たり前と思って生きている。というか、むしろ誰からも尊敬されるであろう生き方をしている人たちなのに・・・。
そう、すごくがんばって生きている人達のしごくまっとうな一言一言が、ちょっとした違和感を感じさせ、徐々に苦しみが心に降り積もってしまう男の子が登場する。そんな悲しい様を見せられるとは思ってもいなかった。封切りの時のCMだけの印象で観たらいけない映画だったと知った。
そういえばそうだよね。優しくて、たくましいたった一人の自分のすべてを受け入れてくれる人。火事をベランダで眺める時も落ちないようにと注意し、引っ張ってくれる。
その唯一無二の母親から、「あなたが結婚して子供ができて私たちのような家庭を築くこと」を亡くなった父親と約束したと聞かされたら。
みんなが幸せだと思わない幸せは幸せじゃない。なんて絶対に思いたくないほど好きな人ができてしまったと感じているのに。
嫌いじゃない、むしろ好感を持っていた先生から、もしかして男の子を好きになってしまったかもしれない不安に押しつぶされそうな時に、その男の子とのやりとりに対して「男の子同士仲直り」だと言われて、握手させられたって実際困るよね。
器械体操で土台になったら男の子だからがんばらないといけないのかよ。植物が好きで名前を覚えたら、父親からおまえの脳は豚の脳だと言われ、虐待されるのかよ。と思ったんだろうね。
そりゃ複雑なのよ本当に。世間一般の幸せはよくわかるけど、好きな人ができたら実際構ってられないよね。一般的には不幸といわれる道にまっしぐらだよ。
でもわかっているのよ。子どもながらに一歩踏み出したら後戻りできないことが、だから苦しい。
好きになってしまったあの子のように、父親に虐待されようと、同級生からいじめられようと、何も感じないふりで自分を押し通すことにも勇気が必要。そんな風にできない自分はいっそ死んでしまった方が良くない?みんなが楽になるかもって頭の中はグルグル回っていたことだろう。
自分が人とちがうこと、つまり男の子が好きで、未来だって、今だって周りの人の期待や希望に沿うことは永遠にできないだろうと悩むランドセルを背負った男の子を絶望させる単語がこの世には多すぎる。
生徒思いの優しい先生、一人で一生懸命育ててくれるたくましい母、人としてあるべき姿の人たちの正しい言葉は胸が痛い。
だから嘘をついてしまった。心の内を知られてはいけない、そんな絶望を母に与えてはいけない。そんなことしたら好きな人と一緒にいれない。様々な不安につい優しい先生の名前を出してしまった。
少しづつ何かが狂い始める。母は校長先生の態度に苛立ち、ファイルを投げたり。子どもが先生にいじめられてるのなら、その行動は親の鏡だけど。
だけど、その校長先生だって、孫を失ったばかり。しかも自身が車で轢いてしまったのに、校長先生であるという自身を守るため、旦那さんに罪を被ってもらっている。
心の中では、この判断は正しかった?まちがっている?夫に申し訳ない。でもこの学校の卒業生である自分はこの学校を守ってきたしこれからも…。と汚れてもいない校舎の床を磨く。
いろいろみんな複雑なのよ!いやいや、一番複雑なのは生徒に理由もわからず暴力を振るわれたと嘘をつかれた先生。どうしていいかわからなかったよね。だから飴なめちゃったのかな?
きっと何か理由があるはずといろいろ考える先生。女の子が言っていた亡くなった猫と一人で遊んでいたというあいつにいじめられてるのか?なぜ他の先生達は真実を母親に話させてくれないんだ。こうなったら飴でも舐めてやる!って感じ。わかる!
本当は誰も悪くないのよ。ただただ世の中の正しさで傷つき、生きづらい人が居るってこと。一人一人が多面性を持っているのだから認め合わないと!なんてことで解決できる問題じゃないんだな、実際。
だってここから飛び降りるしかないとソロリソロリ前に出る子どもを救ったのは、学校を守りたい校長先生の「私もウソついちゃった」の言葉と一緒に楽器を吹く「共感」だし、みんなが幸せだと思わない幸せは幸せじゃないの言葉だったじゃん。
結局、男の子を好きなことで生きづらい少年、この少年自身が開き直ることで新しい自分に生まれ変わったのだから。死ぬことよりも自由に好きな子と過ごす幸せを選んだんだから。
この映画を観て感じたのは、生きづらい人でも、どこかに居場所があればそれだけでいいのかなと。ただし、生きづらい人も居場所を作るための努力をしなくちゃ!開き直ってね。
会話が必要だし、仲間も必要。理解してくれる人を探さないと。だから、生きづらい人がもし近くに居るなら、話を聞いてあげなくちゃ!話を聞いたら自身の行動も変わるはず。
たとえば男の子だからとか、女の子だからとか言わなくなるだろうし、当たり前なんてこの世にはないことに気づくんじゃないかな。
正しい、間違っているとかじゃなく「そうだね」という共感が大事!なのかな?よくわかんないな。いろいろ考えさせてくれる映画でした。人って深いよね。
最期までお読みいただきありがとうございます。またお会いしましょう。